ノーベル賞中村修二Wiki!学歴は?性格は?年収は?

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中村修二2014年のノーベル物理学賞を青色発行ダイオード(LED)を開発した中村修二氏(60)、天野浩氏(54)、赤崎勇氏(85)に授与することが7日決定しました。

これで、日本人のノーベル賞受賞人数は22人となりました。

さて、今回はこの3人のうち、200億円訴訟問題などを起こした中村修二氏にフォーカスを当てて書いていきたいと思います!

 

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まとめています。

お時間あればご覧ください。

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中村修二氏の学歴は?

では、さっそく学歴について見て行きましょう!

 

(引用元:wikipedia|中村修二

1965年 – 愛媛県の小学校から兵庫県尼崎市・尼崎市立杭瀬小学校に転入。
1967年 – 尼崎市立杭瀬小学校卒業。
1973年 – 愛媛県立大洲高等学校普通科卒業。
1977年 – 徳島大学工学部電気工学科卒業。
1979年 – 徳島大学大学院工学研究科修士課程修了、日亜化学工業入社。

 

語弊を恐れずに、率直な印象を書くと「あれ、思ってたより普通の学歴?」という感じです。

 

「愛知県立大洲高等学校」ですが、愛媛県高校偏差値ランキング2015によると、偏差値は58でランクCとのことです。(ランクは、高校偏差値.netによる独自ランクのようです)

 

また「徳島大学」についても国立大学ではあるものの、飛び抜けて偏差値が高いような大学ではありません。

 

中村氏は、「ノーベル賞受賞者」 = 「超学歴エリート」 という私の固定観念を見事壊してくれました。

 

 

大学卒業後は、日亜化学工業へ入社(1979年)し、14年後の1993年に高輝度青色発光ダイオードの開発に成功しました。

 

文字通り「世界を変える」発明をした中村氏でしたが、その6年後1999年に日亜化学工業を退社しています。

 

そして、5年後の2004年に日亜化学工業を相手に、青色発光ダイオードに関連する404特許発明の対価としてなんと200億円の支払いを要求する訴訟を起こしました。

 

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200億円!!!もはや想像すらできません。。

 

結局、日亜化学工業が8億4千万円を中村氏に支払うことで和解が成立しましたが、それでもものすごい大金ですよね!正直、羨ましい!笑

 

ただ、この後残念なことに、アメリカでの研究を続けるために中村氏はアメリカに国籍を移してしまいます。

 

なので、「日本人3人がノーベル賞受賞!」というのは少し違和感がありますね。

 

それにしても日本からノーベル賞級の優秀な人材が海外に流出してしまっているというこの現実は、ノーベル賞受賞に沸く今だからこそしっかりと向き合う必要があるかもしれませんね。

 

中村修二氏の性格は?

さぁ、続いて中村修二氏の性格について書いていきます!

 

200億円訴訟問題の時は、ネットではよく「傲慢だ!」とかどうとか書かれていましたが、実際はどうなんでしょう?

 

中村市のエピソードを幾つか紹介します。

会社命令を無視、会議にも出席しない、電話に出ない。と、通常のサラリーマンとしては

失格と言われても仕方のない勤務態度だったが、度量の広い社長のおかけで

破格の研究費の元で実験を続けた

(引用元:Wikipedia)

んー、なるほど。なるほど。うちの会社でしたら、相当怒られてますね。。笑

 

変わり者だったようですが、ノーベル賞受賞という事前知識があると、なんだかこのエピソードも変な納得感を感じてしまうのは私だけでしょうか?笑

 

また、中村氏は過去にこのようなコメントをしています。

「本当にこのやり方で失敗するかどうかを自分の手で確かめてみる。」

「あの人は失敗したけれど、ひょっとすると自分がすれば成功するかもしれない。」

「遠回りしても構わないから、とにかく完成品を作ること。これが非常に重要だ」

 

エンジニアとしてのプロ精神を感じますねぇ。

 

また、自著である「考える力とやり抜く力」(三笠書房)では、次のようなことを述べている。

「自分の手で物を作らないから、皆、人生がつまらなくなってしまう」

 

これは、同じエンジニアとしては結構グサッと来る言葉ですね。

 

中村氏の性格は、

 

◆一度決めたことはとことんやる。

◆集団行動には属さない。(集団心理に流されない)

◆自分の中に太い軸があり、絶対にブレない。

◆自らの仕事の貢献度に対する見返りは、妥協しない。

 

というような印象を受けました。

 

中村修二氏の年収は?

 

最後に、中村氏の年収についてです。

 

現在は、カリフォルニア大サンダバーバラ校で教授をしている中村氏ですが、ぶっちゃけ年収ってどれくらいなんでしょうか?

 

さきほども紹介した、中村氏の自著「考える力やり抜く力」(三笠書房)にその答えが書かれていました。

 

“はじめに”という欄を読み進めていくと、このような記載があります。

 

 

カリフォルニア大学サンダバーバラ校が保証してくれる大学の年収は、破格のものだった。

 

気になりますね。いくらだったんでしょう?

 

新任であるにもかかわらず、私の年収は16万ドル。しかもこれは9ヶ月分。

少なく見積もっても年収は22万ドルくらいにはなる。

 

二十二万ドル!!現時点の為替相場で言うと、約2380万!!

 

ひぇ~~~!

 

今回の受賞を受けて、また変わるかもしれませんがすごい給料ですね。

これも技術者の海外流出の原因の1つかもしれませんね。

 

まとめ

 

・中村氏は決して学歴エリートではなかった

・アメリカでの研究継続のため国籍を変えている

・常識では測れない性格の持ち主であり、エンジニアとしてのプロ精神はずば抜けている

・カリフォルニア大学サンダバーバラ校教授としての年収は22万ドル!

 

最後までお読みいただきありがとうございます!

 

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記事公開日:2014年10月8日
最終更新日:2014年10月21日

カテゴリー:ビジネス・学習

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